#132 なぜか片方だけ増えていく!ノーベル化学賞2026解説(非線形効果・自己触媒作用)
#132 00:49:10

#132 なぜか片方だけ増えていく!ノーベル化学賞2026解説(非線形効果・自己触媒作用)

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2026年ノーベル化学賞の解説です!!生き物の体は、なぜ「片方の手」の分子だけでできているのか?その謎に近づいたかも!?

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2026年ノーベル化学賞と立体化学の基礎

こんにちは、かねまるです。

プラントライフは、化学プラントの技術者が、

化学を軸に、皆さんの視野を広げていく番組です。

今回は、2026年ノーベル化学賞の解説会です。

この収録をしているのが、26年10月8日朝です。

この前日、10月7日に、ノーベル化学賞が発表されました。

受賞したのは、アンリ・カガンさん、そして硤合憲三さん、この2名です。

内容が、不斉有機合成における、非線形効果と自己触媒作用の発見です。

毎度のことながら、何の話をしているのか、タイトルだけじゃ全然わかんないので、

可能な限り、噛み砕きながら解説していきます。

この番組のコンセプトは、高校化学が出てきたら解説する、という感じです。

少しでもノーベル化学賞の理解の助けになればと思います。

それでは行ってみましょう。

改めて、ノーベル化学賞の受賞内容を確認します。

受賞されたのは、1人目はアンリ・カガンさん、フランスの方です。

そしてもう1人は硤合憲三さん、日本の方です。

ということもあって、日本でもお祝いムードが漂ってますね。

そして受賞の理由は、不斉有機合成における、非線形効果と自己触媒作用の発見です。

言葉だけ聞くと、完全に呪文みたいで意味わかんないですよね。

多分、高校化学を知らなかったら、有機合成って言葉も知らないと思うんですけど、

そこに不斉とか、非線形、自己触媒、そういう言葉がいっぱい入っていますので、

一つずつひも解いていきたいと思います。

化学の解説で難しいのは、前提の知識がやっぱりいるってことです。

少しだけ前提知識の解説にお付き合いください。

今回大事になるのは、立体化学というものです。

立体的な化学の話。

実はこの話ってもう過去のエピソードで話してまして、

シャープ74番、化学式は3次元で見るべし!興味深い立体化学の世界

という回です。

化学式を書くとき、紙の上でよく書きますね。

つまり二次元の平面上に書くことが多いんですけど、

実際の化学物質っていうのは、分子レベルで見ると立体の構造をしています。

例えば、都市ガスの主成分、メタンというのはCH4という構造式で書かれます。

炭素原子Cが1つあって、そのCから水素原子Hが4つ繋がっている形です。

単純に紙の上に書いたら、Cが真ん中にあって、Hを上下左右に伸ばして繋げるような形です。

ただ実際はそんな感じで平面な状態ではなくて、

正三角形が4枚くっついたピラミッドみたいな形、そこの頂点にHがいるような感じなんです。

ピラミッドの内側、中心のところにCがあります。

中心のCから各頂点にHが伸びていっている感じですね。

そんな感じで化学物質っていうのは立体的な構造をしていることが多いです。

キラル分子が薬や香りに与える違い

そしてその立体構造の中には左右対称というものがあります。

紙で化学式として書いただけだと同じに見えるものの、立体的に書くと鏡写しにした左右対称の物質っていうのがあります。

こういう物質はキラルと呼びます。

基本的に化学結合の形が一緒なんだけど立体的に左右対称になっているもの、これがキラルです。

化学をやっている人だったら必ず言う例えがあります。

右手と左手。

右の手のひらと左の手のひらを出してみましょう。

同じ形をしてますね。

でも完全に一緒ってわけではなくて左右対称になっています。

鏡写しとも言いますね。

自分の右手と左手を考えてみると形はそっくりなのに右手の手袋に左手は入らないですよね。

鏡に写すと同じ形なのにぴったりとは重ならない。

身の回りだと靴やハサミみたいに右用と左用があるっていうのもその理由です。

分子にもこういう右手と左手鏡写しにした関係っていうものがありましてこれが先ほど話したキラルです。

化学の世界では右手型と左手型ってよく言いますけど

それを表す記号としてDやLもしくはRやSといった記号で区別するんですけど

さすがに意味がわかんなくなるので今回は右手型左手型って言っていきます。

この右手型と左手型何が大事なのかっていうと

薬や香り味などに関わってきます。

つまりは生物の体のところ

特に人間はキラルだらけなんです。

人間の体がキラルだらけということで

香りの認識や味の認識が右手型と左手型で変わる場合があります。

有名なのはリモネンという物質なんですけど

片方は柑橘系の香りで

もう片方はグリーンな草木を思わせるような香りです。

同じリモネンという化学物質ではあるんですけど

立体的な右手と左手の構造が違うだけで匂いが変わるんです。

味も同じです。

昆布だしの旨味のもとグルタミン酸というアミノ酸が使われているんですけど

旨味を感じるのは右手型と左手型のうち片方だけ。

むしろ片方は風味を損ねるそうです。

まあ匂いや味ならギリギリ許せないこともないんですけど

これが薬になるとだいぶ話が違ってきます。

右手と左手の違いは時には安全にも関わります。

その有名な事例がサリドマイドです。

1950年代の終わりの方で

鎮静剤つまりは気持ちを落ち着かせて眠りやすくするような薬として

サリドマイドが販売されました。

ただこのサリドマイド、妊娠中に飲んだ方から

生まれつき障害のある赤ちゃんが生まれるようになりました。

もちろん鎮静作用があるにはあるんですけど

右手型と左手型で

片方は妊婦さんの赤ちゃんに悪影響を及ぼす作用があったんです。

当時の薬っていうのは右手型と左手型半々に混ざったもの。

これを使っていました。

片方だけ入れて売るべきでした。

とは言ってもこの話、もうちょっと正確に言うと

片方だけ点滴しても血液の中でもう片方ができてしまうっていうのも確認されているみたいで

サリドマイドについては片方だけにすれば安全だったとは言えないんですけど

不斉有機合成と触媒

それでもこのサリドマイド事件っていうのは

右手型と左手型をちゃんと区別して

片方を純粋に作るっていうのが

安全の面でも大変大事だってことを示した事例です。

右手と左手を作り分けるというのが大事なのは分かったんですけど

これが難しいんです。

作り分ける合成方法を不斉合成と言います。

やっとノーベル賞に戻ってきました。

不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見ということで

不斉有機合成に話を移していきましょう。

そもそも不斉っていうのは化学の用語でして

右手型と左手型の性質を示す言葉です。

要は不斉有機合成っていうのは

右手型と左手型を意図的に作り分けるような合成のことですね。

普通はですね、右手型と左手型がある物質っていうのは

反応させると基本的には半々にできてしまうんです。

欲しいのが片方だけだったら欲しくない方も同じだけできちゃうんです。

じゃあ分けたらいいじゃんとも思うんですけど

世の中にある分け方って

沸点で分けたり溶けやすさで分けたりするんですけど

右手型と左手型って

化学構造は一緒で立体的なところだけ鏡写しでしたよね。

そういう物質だと沸点とか溶けやすさとかほとんど変わらないんです。

つまりは分ける手段が全然ないんですよね。

だからできた後で分けるのがすごく難しいです。

一般的なのはキラルカラムというものがありまして

右手型と左手型の親和性の違いを利用して分けるような方法もあります。

右手型にすごく親和性の高い物質を筒の中にたくさん詰めておいて

その筒の中を通すと左手型だけが先に出てくるような感じです。

右手型の方は筒の中にある物質とくっついたり離れたりっていうのを繰り返しながらゆっくり出てきます。

こういったキラルカラムというものから出てくる時間に差が生まれて分離はできるんですけど

時間もお金もかかるめんどくさいものです。

だからこそ最初に合成をした時に右手型左手型半々じゃなくて

最初から片方だけ作るような技術がいります。

これが不斉有機合成です。

今回はノーベル化学賞の話前提がたくさんいるのでゆっくり話させてもらっています。

まずは受賞理由の不斉有機合成におけるっていう部分が分かりました。

つまり右手と左手を作り分けるような反応に関するっていうことでした。

右手と左手を作り分ける不斉有機合成の鍵になったのは

化学反応をする時に右手型もしくは左手型の材料をちょっと入れておくことだったんです。

こうやって少し入れて反応の助けをするようなものを触媒って言ったりします。

自分自身は別に反応によってなくなるわけではないんですけど

化学反応の助けをするようなものこれが触媒です。

理論的にはなくなるわけではないのでちょっとあったら大丈夫です。

たくさん助けてくれます。

この助けてくれる触媒に右手と左手を分けるような機能を持たせました。

この触媒が2001年のノーベル化学賞につながりました。

野依良治さんって聞いたことあるでしょうか。

ここでも日本人の方が受賞されていました。

バイナップという名前の右手型左手型専用の鋳型みたいな触媒を開発しました。

環境に優しくて安く作れる触媒として特に評価をされています。

このバイナップのおかげでスースーするメントールの作り分けにも成功しています。

年間何千トンって需要あるものを作り分けられるだけでも大きなコストダウンに寄与します。

化学の世界ではこうやって右手型左手型2つを作り分ける技術を磨いてきました。

生命のホモキラリティとフランクモデル

ただしどの方法でも片方の手を作るには元になる片方の手が先にいるんですよね。

バイナップの時もそうです。

じゃあその元がなかった大昔の地球で生き物はどうやって片方の手を選んできたのかっていう話をしていきます。

ここからやっと2026年ノーベル化学賞の本題に入っていきます。

最初の方で人間の体はキラルだらけ、つまり片方の手の物質が多いっていう話をしたんですけど、

ここが今回の大きな謎の部分です。

例えばタンパク質。

タンパク質は細かく見ていくとアミノ酸がたくさんつながってできた物質です。

そしてそのアミノ酸は右手型と左手型があります。

でもなぜか体のタンパク質に使われているアミノ酸っていうのは片方だけなんです。

もっと言うともう片方のアミノ酸は自然界の中では滅多に見つかりません。

そしてもう一つ、DNAの部品になっている糖というのも片方の型しか使われていません。

アミノ酸とか糖っていうのは右手型左手型あるのに片方しか使われてないんですよね。

不思議なことなんですけど、こういうものをホモキラリティと言います。

ホモは同じ、キラルは右手左手を表す言葉なので、

ホモキラリティというと同じ手の方だけみたいな意味合いですかね。

普通に人間が有機合成をしたら右手と左手半々にできるのに、

生命をたどっていくとアミノ酸や糖はホモキラリティ、片方だけっていうなんだか不思議な状態なんです。

合成して半々にできるっていうのも、糖やアミノ酸がホモキラリティであるっていうのも、

どちらも成り行きっぽく見えるので、真反対のことが起きてるっていうのが不思議な話です。

では、生き物が生まれる前の地球でどうやって片方に偏ったのか。

ノーベル化学委員会の委員長はこれを、

1世紀以上も解明されていなかった化学の謎という表現をされています。

もしかしたらこの謎を説明できるかもしれないっていうのが今回の受賞内容の一つです。

もともと生命の起源のホモキラリティの発生っていうのは、

理論的にはこうしたらできるよねっていうのは言われていました。

それがチャールズ・フランクさんという方が提唱していたフランクモデルというものです。

フランクモデルを噛み砕くと条件は3つ。

片方の手を作りやすくして、

もう片方の手を作りにくくして、

そしてもう一つ。

できたもの自身が触媒になること。

一つ目と二つ目は比較的イメージしやすいですかね。

片方だけができるようにするためには、

片方の手を作りやすくする触媒があって、

もう片方はできないように邪魔をする。

そこまではいいんですけど、

3つ目のできたもの自身が触媒になることっていうのがイメージつきにくいかもしれません。

平たく言うと、ねずみ算式に増えるっていうのが大事だっていう意味です。

例えば右手型が出来上がったら、

自分は右手型ですね。

そして右手型の自分が他の反応の手助けをしてまた右手型を作る。

増えた右手型たちがさらに別の反応を助けて

右手型だらけにしていく。

っていうことを表しています。

片方だけ作って、もう片方を邪魔にして、

ねずみ算式に増えていったら、

糖やアミノ酸みたいなホモキラリティになる。

という理論がフランクモデルです。

とは言っても、これは理論なので、

そんな条件作れるんかいっていうのがずっとわかんなかったんです。

もしかしたら、理論上は可能だけど、

現実はそんなに甘くない、もしくは作れないっていう可能性もありました。

一つ目の条件である片方だけを作る触媒というのは2001年、

野依良治さんたちが受賞した内容です。

ちなみに2021年にも不斉有機触媒の開発として、

ノーベル化学賞が受賞されています。

このような形で、片方だけを作るっていうのは、

比較的研究が盛んで実績もあって、

内容によってはノーベル化学賞の受賞にもつながっています。

そして残りの2つの条件。

もう片方を作るのを邪魔するのと、

出来上がった物質がまた触媒として作用するの。

これを実際の化学反応で満たしてみせたのが、

26年、今年の受賞されたお二人なんです。

カガンの非線形効果

まずは順番的に受賞された中で、

カガンさんの功績からお話しします。

片方の手だけ作る触媒としてよく使われているのは、

金属に右手型か左手型の部品をくっつけて、

それを触媒ってする形ですね。

金属自身が反応を進めるエンジンみたいな感じで、

部品が右手か左手を決める役割を果たしていました。

この時、出来上がる物の右手型左手型の割合っていうのは、

入れる触媒に影響しそうではないでしょうか。

なんか比例しそうですよね。

すごく雑に言うと、触媒の右手左手の割合が1対3だったら、

出来上がる物も1対3くらいの割合でできそうじゃないでしょうか。

これはもう中に入っている物の割合、確率論でそんな感じになりそうなんですけど、

カガンさんはここを疑ったんです。

触媒の形として金属があって、

普通はその金属に複数の部品がくっつきます。

だから、分かりやすく部品が2つ金属にくっつくとします。

組み合わせは3通りです。

部品が右と右、左と左、そして右と左です。

1つの金属に対して部品のくっつき方が3種類ありますね。

想像の通り、右と右、左と左のペアは、

それぞれ右手型と左手型を合成するのを助けます。

では、右と左の部品が混ざった触媒、

ちぐはぐなペアっていうのはどうやって働くんでしょうか。

なんとなく50-50っぽいですよね。半々にできそうです。

だから結局、中に入っている物の割合、

多い方に影響されて、同じ比率ぐらいでできそうな感じがします。

でもカガンさんが実際に実験してみると比例しなかったんです。

グラフにすると比例のまっすぐな線じゃなくて、曲がった線になったんです。

調べてみると、ちぐはぐな右と左のペアの触媒っていうのは、

反応が全然進まなかったんです。

右と右、左と左のペアの触媒よりもものすごく遅かったってことです。

最初に50-50、半々でできるかもって話したんですけど、

そもそも生成物ができにくいっていう話だったんです。

入れる触媒の右手型と左手型の割合に比例して反応が進むっていうのは、

右手と左手がそれぞれくっついた50-50っぽい触媒も全て反応した上での比率でした。

でも反応しづらいパターンがあるってなると話は別です。

どういうことが起きるのかを一旦整理しますと、

例えば右の部品が少し多いとします。

少数派の左の部品は多数派の右とペアを組まされて、

働きの鈍い触媒になってしまいます。

その分残った右と右のペアが元気に反応を進めて、

結果的にできるものは今回の例だと、

入れた部品の比率よりももっと右手型に偏った比率で出来上がってくるんです。

入れた部品の割合に比例しない、

線形じゃない、

非線形である、

ということで、

ノーベル化学賞受賞理由の回収です。

不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見。

このうち、非線形効果の発見っていうのは、

カガンさんが見つけた部品の比率に比例せずに、

片方だけたくさんできていく、

っていうことの発見だったんです。

しかもこの原理を考えると、

例えば多めに入っている右手の部品が、

少ない左手の部品の機能を阻害する、

っていう意味を表しますので、

覚えてますでしょうか。

フランクモデルの2つ目。

もう片方の手ができるのを邪魔することっていう機能に相当するんです。

カガンさんの非線形効果の発見によって、

生命の起源に一歩近づけたっていうことももちろんですし、

単純に比例するわけじゃないよってことで、

分子の設計によっては、

触媒の部品になる物質の右左の偏りを、

めちゃめちゃ綺麗にしなくても、

出来上がる物質は右左どちらか一方の純度が高いものができるかも、

っていう可能性を示してくれました。

医薬品とか香り、味など、

様々な成分が右手左手を作り分けることに奔走しています。

右手左手を偏ったものを作りたいって思ったら、

やっぱり比例関係を考えて、

原材料、部品のところをまず綺麗にしないとって思うかもしれないですけど、

それだけじゃないっていうことを示してくれました。

硤合の自己触媒作用

続いて受賞された硤合さんの功績を話していきます。

硤合さんは、できたものが次の反応の触媒になって、

自分が次の反応の手助けをしていく。

そして自分の仲間を増やしていく。

こういった自己触媒に関する研究をされました。

この自己触媒という作用そのものは、実は珍しい現象ではないんです。

例えば、高校の化学でも出てきますエステルの加水分解っていうものもそうです。

化学式の中にも特徴的な部品っていうのがいくつかありまして、

その一つがエステルっていうものです。

炭素C一つに対して酸素O二つがくっついたような特徴的な構造を持っていまして、

これをエステルと言います。

このエステルっていう部分、加水分解っていうのを起こしまして、

水と酸があると反応しやすいんですよね。

酸っていうと硫酸とか塩酸とかそういう酸です。

そもそもですね、エステルっていう部分を作るのに、

酸とアルコールを組み合わせて反応してエステルっていう部分を作るんですけど、

これが分解すると酸とアルコールに戻るんですよ。

つまりは酸とアルコールに戻ったら酸ができちゃうんで、

またエステルの加水分解が進みやすくなって、

分解したらまた酸が増えてエステルの加水分解が加速していくっていう感じで、

こういうのを自己触媒って言います。

身近なものだと果物が熟れるときもそうですかね。

リンゴが有名ですけど、熟したらエチレンっていう気体を出して、

そのエチレンが果物を熟すような役割を果たします。

だからリンゴが熟れてくると果物を熟すためのエチレンが出てきて、

別のリンゴも熟れてきて、またエチレンが出てきて、

っていう感じで自己触媒的にエチレンがどんどん出てくるんです。

熟したリンゴと一緒にアボカドを入れておくと早く食べ頃になるなんて話もありますね。

わずかな偏りから片方の型へ

こんな感じで自己触媒という作用そのものは比較的確認できるようなものです。

ただこうした自己触媒には右手と左手の区別がありません。

今回のすごいところは自己触媒プラス右手と左手の区別もあったっていうことです。

硤合さんが目指した、というより達成したのが、

自分と同じ手の方向だけを増やす自己触媒だったんです。

ここでノーベル化学賞の受賞理由を改めて見ていきましょう。

不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見です。

不斉有機合成における自己触媒作用の発見、これが硤合さんの功績です。

とは言っても、ただ自分を増やすだけだったら、

コピーするたびに右手と左手の偏りが少しずつ薄まってきてしまいます。

偏りが増えていくにはもう片方を作るのを邪魔する働き、

つまりカガンさんの見つけた効果も必要だったんです。

硤合さんの実験では最初は2%しかなかった偏りのものを使っていました。

できたものを少しもらって触媒として再度反応を行います。

こうやってできたものを次の反応の触媒にして4回繰り返すと、

最初は2%しかなかった偏りが88%まで増えました。

右手と左手の比率で言うと51対49だったものが94対6まで変わっています。

えらい偏りましたよね。

そしてもっと極端な形で見せてくれた実験があります。

最初の偏りが、

右と左の割合で言うと50.000025対49.999975。

ほぼ完全に半々の割合のものです。

そこからできたものを次の触媒に使うっていうさっきと同じ反応を繰り返していって、

1回目で57%。

2回目で99%。

3回目で99.5%以上。

たった3回でほとんど片方だけになりました。

99.5%を右手と左手の比率で表すと99.75対0.25なので、

少ない側は400個に1個ないぐらいのレベルです。

通常の不斉合成の触媒といえば、できるだけ純粋な片方の手を持っている側。

これを人間が用意して使います。

その方がやっぱり反応がいきやすいですからね。

ただ、硤合さんたちのものだとほぼ半々の触媒を使っても、

そこから自分と全く同じ形、同じ手の触媒になって自分を増やしていきました。

純粋な触媒を用意しなくても最初の偏りがほとんどゼロでもよかったんです。

触媒そのものが反応の中でねずみ算式に増えていくっていうのが非常に特殊で面白い成果です。

ここまではわずかな、本当にわずかな偏りを元に増幅していくっていう話でしたね。

水晶・石膏と生命のキラリティの起源

ではここから右手型も左手型もないような状態から始めたらどうなるのか。

っていう話をします。

原料も右手型左手がない、キラルじゃない原料を使います。

さすがにこれは難しそうですけど、確率の話を一回してみましょう。

反応の後に一個の分子が右手型左手型両方になるっていうのはありえません。

何も偏りがない状態から始めたら2分の1の確率で右手型左手型どちらかにはなります。

50%の確率とはいえ、例えば51対49とか48対52とか大抵はどちらかに若干ずれるんですよね。

それにそもそも分子の数が奇数だったらぴったり半々にはなれないわけです。

分子も同じで半々のつもりでも数を数えたらどちらかがほんのわずかに多い。

そういうことは当然あるわけで、その偶然の小さな差を自己触媒が拾ってどんどん増やしていきます。

硤合さんたちは最初に偏りがない実験で100回以上繰り返してみて、

片方に偏ったのが58回、もう片方が61回。

ほぼ1対1の割合で最終的にはどちらかに偏って生成しています。

偏りのないキラルじゃない原料から何も手助けもなしに片方に偏ったものができたっていう面白い結果で、

私も含めて偏りを出すんだったらそもそも偏らせる触媒がいるだろうって思ってたんですけど、

そういう偏りを発生させる場自体が最初になくてもどんどんどんどん偏っていったんですね。

似たような話で、今度は石を使って偏った場があるときにどうなるかっていう話をします。

天然の水晶には右水晶と左水晶っていう同様に鏡に映した関係の結晶があります。

そこで硤合さんたちは水晶の粉を入れて反応をしてみました。

すると右水晶の時は片方の手が、左水晶を入れた時はもう片方の手がそれぞれできたんです。

水晶の表面で最初にできた分子にほんのわずかな偏りが生まれて、それが偏りの増幅に繋がりました。

水晶以外にも石膏で試したらしくて、石膏の結晶も薄く剥がすと剥がれた面の表と裏が鏡に映したような関係になっているみたいですね。

石膏についても水晶と同様に片方の生成物だけ得られるっていうことがわかりました。

その他にもグリシンというアミノ酸を使って実験した例もあります。

グリシン自体は偏りを持った分子ではなくて、そのグリシンの水素一つだけ重水素っていう普段の2倍の重さの水素をつけてあげます。

高校の化学にも出てくる同位体っていうやつですね。

こうしてグリシンの水素一つだけ重水素に置き換えてあげると、グリシンにも右手型と左手型ができるようになります。

水素の重さが違うだけの右手型と左手型のグリシンを入れて、同様に硤合さんの反応をすると、それぞれ偏った生成物が得られました。

ここまでの結果を考えると、最初の確率論、2分の1で多めにできた方がブーストされたり、

水晶とか石膏の偏りのある場を使っても片方にブーストされたり、

重水素の置き換えだけで生まれた偏りから高い偏りを持つ生成物が得られる、など、

様々な種類の偏りの影響を受けて変化している、ということが分かりました。

すると一つ仮説が出てきまして、冒頭の方でアミノ酸とか糖っていうのは片方の偏りしか持っていないっていう話をしました。

タンパク質の元になっているアミノ酸、そして核酸の元になっている糖ですね。

昔は人の手なんか当然入ってなくて、なぜ偏りが生じているのか。

もしかしたら生命の偏りが生まれたのは、硤合さんの発見した反応みたいに、

どこかでほんのわずかな偏りをもらって、それが増えていったかもしれないっていう考えが生まれてくるんです。

硤合さんたちは、こうして水晶や石膏の表面とか、結晶、そして重水素みたいな同位体などが偏りの起源になるんじゃないかっていうことを示せました。

まだ確定ではさすがにないんですけど、今まではフランクモデルという形で、理論上はこうしたらいけるかもって言われていたものが実験で示せました。

だから生命がなぜ片方のキラリティに偏ったのかっていう謎を考える上で重要なモデルになってくるんですよね。

受賞内容のまとめと今後の課題

そうなると次にやることは一つ。

硤合さんの実験ではアルコールを作っていたんですけど、アミノ酸や糖で同じことができないか、再現できるかっていうことです。

これからに期待ですね。今回は2026年ノーベル化学賞の受賞の内容について解説してきました。

必要となる前提知識が多い中で長いことお話を聞いていただきありがとうございました。

最後にここまで話を聞いた上で受賞理由を改めて確認してみましょう。

不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見です。

最初は呪文みたいだった3つの言葉も少しは理解しやすくなったんではないでしょうか。

不斉有機合成は右手型と左手型、片方だけを作り分ける合成でした。

生き物の体は片方の手の分子でできているのにフラスコで普通に作ると、右手と左手は半々になってしまうんでしたね。

非線形効果は偏りが比例しないこと。

カガンさんは少しの偏りが大きな偏りになりうることを見つけました。

そして自己触媒作用はできたもの自身がまた自分を作る触媒になること、助けをすること。

硤合さんは非線形効果と自己触媒が揃った反応でほぼ半々なところからほとんど片方だけの世界を作ってみせました。

しかも何も入れなくても偶然の小さな差から片方が生まれたんです。

いろいろ話をしてある程度を理解していただけたら嬉しいんですけど、

この辺り分かんなかったっていうことがあればお便りフォームから連絡いただいたり、

Xでハッシュタグプラントライフをつけて発信していただけたら随時コメントしていきます。

こんな感じで過去のノーベル化学賞の解説もしてほしい、これを教えてほしいっていうものがあれば是非言ってください。

実はプラントライフの公式ホームページにはノーベル化学賞から探すというページを設けています。

最近作りましたのでよろしければご覧になってください。今回はここまでです。

プラントライフでは化学や工場に関するトピックを扱っています。

配信は毎週水曜日と日曜日の朝6時を予定してまして、時々配信できない日とか、今回みたいに速報的に別の曜日で出す場合もあります。

実は間に合わなくて前回出せなかったのでちょうど良かったです。

番組の感想は是非ハッシュタグプラントライフをつけてXでシェアしてください。

そして最後にnoteでメンバーシップかねまるのここだけの話というものを公開しています。

科学技術発信の試行錯誤ですとか、技術者のキャリアの話など、オープンな場では少し話しにくいけど残しておきたい本音をお届けしております。

興味のある方は是非覗いてみてください。

最近は思考の整理という形でドライブしながら1時間ぐらい思っていることをどんどん話しているような音源も上げています。

だいぶ本音を話していますのでそちらも楽しんでいただければと思います。

それではお聞きいただきありがとうございました。