スピリタスは、アルコール度数96度のウォッカです。お酒の「度」は、15℃のときの体積に占めるエタノールの割合(%)を表します。強さが売りのお酒なら、いっそ100度にした方が目立ちそうなものです。なぜ96度なのでしょうか?

96度で止まっているのは、お酒を濃くする蒸留に、越えられない濃さがあるからです。エタノールと水が混ざった液を蒸留していくと、ある濃さで、出てくる蒸気と元の液の濃さが同じになります。この現象を共沸(きょうふつ)と言い、1気圧では度数でおよそ97%のところで起こります。

スピリタスの96度は、蒸留で濃くできる限界のすぐ手前の濃さです。

お酒は、蒸留で濃くする

ビールやワイン、日本酒のような醸造酒は、度数が高くても20%くらいまでです。酵母は糖を食べてアルコールを作りますが、自分の作ったアルコールで弱ってしまうからです。それより強いお酒は、蒸留で作ります。

蒸留は、液体を加熱して、沸点の違いで成分を分ける操作です。エタノールの沸点は78.4℃、水は100℃なので、お酒を温めると、エタノールだけが先に出てきそうに思えます。ところが、実際には水も一緒に蒸発します。洗濯物が乾くように、液体は沸点より低い温度でも蒸発しているからです。

お酒を温めて出てくる蒸気は、エタノールが多めで、水も混じっています。この蒸気を冷やして集めたものが、元より濃いお酒です。ただし、1回の蒸留では100%になりません。そこで、濃くなったお酒をまた蒸留し、何度も繰り返して濃くしていきます。

お酒を温めると、液から出る蒸気にはエタノールの粒が多めに入り、水の粒も混じる様子を示す図
1回の蒸留で取り出せるのは、元より濃いお酒まで

化学プラントで使うのは、この繰り返しを1つの装置にまとめた蒸留塔です。背の高い塔の中に、段と呼ばれる仕切りがいくつも入っています。理想的な段なら1段が蒸留1回分の働きをするので、塔の下から上がる蒸気は、段を通るたびに濃くなっていきます。

蒸留は、共沸点で止まる

蒸留を重ねていけば、いつかは100%に届きそうです。ところが、エタノールと水ではそうなりません。濃くなるほど1回の蒸留で上がる幅が小さくなり、ある濃さで、蒸気と液の濃さが同じになるからです。この濃さを共沸点と呼びます。

蒸気と液のどちらも、エタノールと水の割合が同じ帯で示され、濃さが同じになることを表す図
参考:化学工学便覧 改訂六版 10・6・1

共沸点では、出てくる蒸気が元の液と同じ濃さなので、何度蒸留しても濃さが変わりません。蒸留で近づけるのは、共沸点までです。

0%から100%の目盛りの上で、蒸留のたびに濃さが上がる幅がだんだん小さくなり、100%の手前の共沸点で止まる図
蒸留塔の段を増やしても、共沸点の先へは進まない(参考:化学工学便覧 改訂六版 10・6・2)

エタノールと水の共沸点は、1気圧では質量の割合でエタノール約96%、お酒の度数に直すと約97%です。輸入元の説明によると、スピリタスは蒸留を数十回繰り返して、96度に仕上げています。蒸留だけでたどり着ける限界の、すぐ手前まで濃くしたお酒です。

90%から100%の目盛りに、共沸点の約97%の線と、そのすぐ手前のスピリタスの96%を示した図
共沸点の組成:国立国会図書館レファレンス協同データベースにまとめられた化学便覧などの値。度数は産業技術総合研究所のアルコール表(15℃)で換算

共沸点より濃いと、蒸気が薄い

共沸点より濃いエタノールも、作ることはできます。では、たとえば98%のエタノールを蒸発させると、どうなるでしょうか?今度は、蒸気の方が水の割合が多くなります。共沸点を境に、蒸気と液の関係が逆になるのです。

共沸点より手前では蒸気の方が濃く、共沸点より先では蒸気の方が薄いことを左右に並べて比べた図
参考:化学工学便覧 改訂六版 10・6・1(共沸点で、どちらの成分が蒸発しやすいかが逆転する)

この逆転は、沸点で説明できます。共沸点の液の沸点は、1気圧で約78.2℃です。純粋なエタノールの78.4℃よりわずかに低く、エタノールと水をどう混ぜても、これより沸点の低い液はできません。蒸留では沸点の低いものが蒸気に多く出るので、蒸気はどちらの側からも共沸点の濃さに寄っていくのです。

このため、共沸点より濃い液を蒸留すると、蒸気は共沸点の濃さに近づき、残った液の方が100%に近づいていきます。ただし、これは最初から共沸点より濃い液があるときの話です。薄いお酒から始めて、蒸留だけで共沸点を越えることはできません。

共沸点の先は、吸着で水を除く

薬局や実験室には、無水エタノールがあります。「無水」は水が無いという意味で、エタノールが99.5%以上のものです。共沸点を越えたエタノールが、普通に売られているのです。

共沸点を越える方法には、別の成分を加えて蒸留する共沸蒸留や、膜で水を分ける方法、そして吸着があります。吸着は、固体の表面に分子をとらえて取り除く操作です。身近な例は消臭剤に使われる活性炭で、炭の細かい穴に、においの成分をとらえています。

エタノールの脱水に使う吸着剤は、モレキュラーシーブ(分子ふるい)という合成ゼオライトです。決まった大きさの細かい穴がたくさん開いていて、名前のとおり、分子を大きさでふるい分けます。エタノールに向くのは3A型と呼ばれるもので、穴の大きさは約0.3nmです。

水の分子(約0.26nm)はこの穴に入れますが、それより大きいエタノールの分子は入れません。そのため、液を通すと水だけが穴にとらえられます。後に残るのは、エタノールです。

モレキュラーシーブの穴に、小さな水の分子は入り、大きなエタノールの分子は入らない様子を示す図
穴の大きさと水の分子の大きさ:関東化学「モレキュラーシーブ」

ただし、吸着は最後の仕上げに使います。モレキュラーシーブがとらえられる水は、自分の重さの2割ほどまでです。水の多い薄いお酒からいきなり脱水すると、大量のモレキュラーシーブが要ります。そこで、まず蒸留で共沸点の近くまで濃くし、残ったわずかな水を吸着で取り除きます。

1番目に蒸留、2番目に吸着を並べ、吸着が最後の仕上げであることを示す図
モレキュラーシーブの乾燥能力は、理論的には自重の約20〜25%(富士フイルム和光純薬「モレキュラーシーブスについて」)

無水エタノールの使いみち

無水エタノールは、化学の分野では反応の溶媒(物質を溶かす液体)に使われます。化学反応には、水があると薬品が水と反応して働きを失い(失活)、進まなくなるものがあるからです。そうした反応では、先に水を除いた溶媒(脱水溶媒)を用意します。脱水溶媒は、試薬メーカーからも買えます。

ドラッグストアの無水エタノールは、掃除用にも使える製品です。消毒用のエタノールは80%前後で、無水エタノールとは用途が違います。なお、無水エタノールは空気中の水分を吸うので、開けたまま置くと濃さが下がっていきます。

まとめ

お酒を濃くする蒸留では、蒸気にエタノールが多めに出てくることを利用します。しかし、度数で約97%の共沸点まで来ると、蒸気と液の濃さが同じになり、蒸留ではそれ以上濃くなりません。スピリタスの96度は、この限界のすぐ手前の濃さです。

共沸点を越えるには、ふつうの蒸留とは別の工夫が要ります。その一つが、モレキュラーシーブの細かい穴に水だけをとらえる吸着です。99.5%以上の無水エタノールは、こうした方法で作られています。