丸底フラスコに入れた水を沸騰させ、ゴム栓でふたをしてから、外から冷たい水をかけます。すると、中の水が再び泡を出して沸騰し始めます。YouTubeで「水は冷やすと沸騰する」として紹介されている実験です。冷やしたはずの水が、なぜ沸騰するのでしょうか?

丸底フラスコの水を沸騰させ、ゴム栓でふたをして水をかけると、中から泡が出る4段階の図
出典:Dr.bobobo「【解説付き】水は冷やすと沸騰する」の手順をもとに作図

水が沸騰する温度(沸点)は、周りの圧力で変わります。水をかけると、フラスコの中の水蒸気が冷えて水に戻り、中の圧力が下がります。圧力が下がると沸点も下がるので、まだ熱い水が沸騰を始めるのです。

冷やしたのに沸騰したのは、水の温度が上がったからではなく、沸点が下がったからです。

沸点を決めているのは、周りの圧力

水の沸点は100℃とよく言われますが、正確には「1気圧のとき」という条件が付きます。1気圧は、私たちの周りにいつもかかっている大気の圧力で、およそ1013 hPa(101.3 kPa)です。

圧力で沸点が変わる理由は、「蒸気圧」で説明できます。ふたをして密閉したコップの中では、水面から水の分子が絶えず飛び出し、その一部が水面に戻ってきます。同じ時間に飛び出す数と戻る数が釣り合ったときの水蒸気の圧力が、蒸気圧です。

ふたをしたコップの中で、同じ時間に水面から飛び出す分子と水面に戻る分子の数が釣り合う様子を示す図
参考:佐藤一雄『物性定数推算法』(丸善)10・1

蒸気圧は温度で決まり、温度が高いほど大きくなります。水の量や容器の大きさが違っても、同じ温度なら蒸気圧は同じです。

液体は、蒸気圧が周りの圧力と等しくなったときに沸騰します。このときは水面だけでなく、水の内部からも蒸発が起きて泡が出ます。水の蒸気圧は100℃で1気圧に届くので、平地の水は100℃で沸騰するのです。

水の蒸気圧の曲線。温度が上がるほど急に大きくなり、100℃で1気圧の線に届く
蒸気圧が周りの圧力(ここでは1気圧)に届く温度が、沸点

湿度の記事で取り上げた「空気が取り込める水蒸気の限界」も、その温度での水の蒸気圧で決まっています。

身近な化学工学湿度100%って、何が100%?湿度100%は空気が水になった状態ではありません。空気が取り込める水蒸気の限界に対する割合というしくみを、霧・季節・露点から説明します。

周りの圧力が変われば、沸点も変わる

沸騰の条件が「蒸気圧が周りの圧力に届くこと」なら、周りの圧力が変われば沸点も変わります。身近な例が、富士山と圧力鍋です。

富士山の山頂は気圧が平地の6割ほどしかなく、水はおよそ88℃で沸騰します。お米の粒の中心まで糊化させる(でんぷんが水を吸ってやわらかくなる)には、98℃以上で20分ほど加熱しなければなりません。山の上でお米がうまく炊けないのはこのためで、カップ麺のお湯がぬるいのも同じ理由です。

反対に、沸点を上げているのが圧力鍋です。ふたを密閉して蒸気を閉じ込め、鍋の中の圧力を高めます。中の水は100℃を超えても沸騰せず、機種によって違いはありますが、110〜130℃ほどで煮込めます。普段より高い温度で煮込めるので、肉もやわらかくなるのです。

水の蒸気圧の曲線に、富士山頂の沸点約88℃と、圧力鍋の110〜130℃の範囲を示した図
富士山頂は1気圧より低く、圧力鍋の中は1気圧より高い

フラスコの中で起きていること

冒頭のフラスコでは、水が沸騰している最中にゴム栓でふたをしていました。沸騰中のフラスコの空気はほとんど水蒸気に押し出されているので、ふたをした後の中身は、ほぼ水と水蒸気だけです。

そこに外から水をかけると、まず水蒸気が冷えて水に戻ります。気体が液体に戻ると、体積は一気に小さくなります。100℃の水蒸気が水に戻ると、体積はおよそ1,600分の1です。

密閉したフラスコの中で水蒸気が減るので、中の圧力が下がります。富士山の山頂と同じで、沸点が下がるということです。一方、下の水は少し冷えただけで、まだ熱いままです。沸点がその温度より下がれば、水は再び沸騰します。動画では、この現象を「減圧沸騰」と呼んでいます。

ふたをしたフラスコの中で、下の水はまだ熱く、中の圧力が一気に下がったために沸騰している図
水をかけて冷えるのは、まず水の上の水蒸気

家庭で試すのは危ない

フラスコの中の圧力を下げると、外の大気圧の方が大きくなり、容器は外から押されます。容器の強度が低いとへこみ、ガラスなら割れます。形も大事です。丸底フラスコは丸いので力が均等にかかって割れにくく、底が平らなフラスコは割れることがあります。

丸底フラスコは割れにくく、底が平らなフラスコは減圧で割れることがあると比べた図
出典:AGCテクノグラス(IWAKI)「ガラス製品を安全に使用するために」

ただし、丸底フラスコなら安全というわけではありません。ガラス器具メーカーのAGCテクノグラス(IWAKI)によると、同社のフラスコで減圧用に設計されているのは、ろ過フラスコとナス形フラスコだけです。

熱い湯と圧力を同時に扱う、思ったより危険な操作です。家庭では再現せず、動画で見て楽しむだけにしてください。

工場では、圧力で沸点を操る

化学プラントでは、圧力を変えて沸点を操る場面がたくさんあります。代表的なのが蒸留です。蒸留は、液体を加熱して、沸点の違いで成分を分ける操作です。

原油に含まれる重い成分(沸点の高い成分)は、大気圧のままでは高い温度まで加熱しないと蒸留できません。ところが、温度を上げすぎると熱で分解してしまいます。そこで圧力を下げて沸点を下げ、分解しない温度で蒸留するのが減圧蒸留です。

重い成分の沸点が熱分解の始まる温度より高いため、圧力を下げて沸点を下げてから蒸留することを示す図
常圧の蒸留で残った重い油は、減圧蒸留で分ける

熱に弱いものを扱う食品や医薬品でも、減圧はよく使われる方法です。高い温度で煮詰めると風味や成分が壊れてしまうため、圧力を下げて、低い温度で水分だけを飛ばします。たとえば0.2気圧ほどまで下げれば、水は約60℃で沸騰します。

この考え方を突き詰めたのがフリーズドライです。凍らせた食品をとても低い圧力の中に置くと、氷が溶けずにそのまま水蒸気になって抜けていきます。固体から直接気体になるこの変化が、昇華です。インスタントのスープやコーヒーにも、この方法で作られたものがあります。

反対に、圧力を上げて沸点を高くする使い方が、蒸気による加熱です。化学プラントの加熱には主に蒸気を使い、圧力鍋と同じように圧力を高めて、120℃や150℃、場合によっては200℃ほどの蒸気を作ります。

まとめ

水が沸騰するのは、水の蒸気圧が周りの圧力に届いたときです。沸点は決まった温度ではなく、周りの圧力で変わります。

ふたをしたフラスコに水をかけると、中の水蒸気が水に戻って圧力が下がり、沸点も下がります。その結果、まだ熱い水が沸騰するのです。富士山の山頂でお湯がぬるくなるのも、圧力鍋で肉がやわらかく煮えるのも、同じしくみです。工場では、このしくみを減圧蒸留や蒸気の加熱に使っています。